冷言冷語(れいげんれいご)である。辞書によると(俗にいう、かげぐち)とある。 かげぐちを冷たいと表現する気持ちはすごくよ ...
和尚ブログ ほうげん日記
2011年12月23日
留壽の身と鉄棒
留壽(るじゅ)である。仏教語辞典によると「ただちに死なないで、しばらくこの世に生きながらえること」とある。--「こんな ...
2011年12月22日
輪廻、循環と再生ってか
輪廻--命の循環ともいえる。仏教の教えでいえば「迷いの再生」ということになるだろう。「ああ、またやっちゃった・・」ってや ...
2011年12月21日
羅針盤と望年会
羅針盤の羅針とはなんだろうか。辞書をみたら「磁針」を見ろと書いてあった。磁石のことである。 しかし、どうして羅の字が使わ ...
2011年12月20日
拠無い
拠無(よんどころな)い–(拠(よ)るところがないの意)。そうするほかに方法がない。「大辞林」より。 「3どこ ...
2011年12月18日
遊行
遊行(ゆぎょう)--僧侶が自己研鑽や衆生教化のために諸国をめぐり歩くこと。 遊歩(ゆうぶ)という言葉も同義。「遊び歩く」 ...
2011年12月17日
野馬
野馬(やば)--「野生の馬」の意味もあるが、昔から「かげろう」のこと。仏教では「もろもろの事象に実体がない」たとえとして ...
2011年12月16日
目下
目下のところ、福島駅は雪。寒さが心地良い。 帰って夜の講義の準備である。
2011年12月15日
滅相
滅相(めっそう)--仏教語であります。ものが滅する法則のこと。あるいは、姿が無くなって、姿がなくなったゆえの静寂な状態と ...
2011年12月14日
無相
無相(むそう)である。 見える部分はどうということはないのに、中身は素晴らしいし、その素晴らしさが何気ない姿、行動に現れ ...
