
家内がお稽古ごとに出かけたので、子供たちに夕飯の後片付けを任せて、一時間の犬の散歩に出た。
いつもは家内と出かける犬の散歩。家内は責任感が強いので、基本的に夜、在宅していればワンコの散歩に出かける。そうしないと、犬はウンコもできないし、明日の朝まで気持ちよく寝られないだろうという判断である。
だから、家内がいなければ、私が散歩をするしかない。でないと、犬がかわいそうだからである。
で、思った。「自分なんか、世の中ににいたって何の役にもたたない」と鬱になっている方は、ペットを飼えばいい。犬でも、猫でも、金魚でも、虫でも、鶏でも、ワニだってかまわない。そうすれば、簡単に「自分がいないとダメなのだ」とわかる。自己存在を確認できる。
世話をしていると、自分とペットと同一化したくなる。「私は何のために生きているのだろう。何の役にも、たっていないのに」という問いをペットにしたくなる。
「あなたは何のために生きている? 何かの役にたっているの?」と。
そこで、「わからんことは、わからんとしてこう」と決着がついて、晴々とすることがある。
それでも、自己嫌悪にさいなまれることもある。そうしたら、こう思えばいい。
「野生の動物や、野生の植物は何のために生きてるの?」と。
あなたは、生きているというレベルにおいて、野生の動物や植物と、何も変わらない。何か役に立っているとか、いないとかなんか、関係なく、堂々とこの世にいていいいのだ。
たかが、一緒に散歩してくれる女房がいないだけで、さびしがり屋の坊主はこういうことを考える--そんな話である。
和尚ブログ ほうげん日記
2012年09月25日
