六地蔵
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和尚ブログ ほうげん日記

坂道を見たら、人生だと思うべし

たしか、華厳経だと思うが「見聞きするものを、悟への足掛かりにする」みたいな話がある。
坂道を見たら「この坂道のように、悟りへの修行も苦しい道のりかもしれないが、のぼって行こう」と思う。

花を見たら「寒い時期を我慢して咲く花のように、自分もいつか悟りの花を咲かせるように精進しよう」と思う。
空を見たら「何ものにも遮られることがない大空のように、私も心を大きくしていこう」と思う。
--そんな具体例が100箇条以上書いてあったような気がする。
 つまりは、自分の心が穏やかになるために、見聞きするものすべてに、自分なりの素敵な解釈をしていこうということである。
 今日ご詠歌で、参加者の方に「車といえば、あなた専用の国語辞書には何と書きますか」と質問をしてみた。
「便利」「危険」というのが多かった。つまりそれぞれの方の辞書には、車の項目に〔①便利な移動機械。②いともたやすく人を傷つける巨大な力を持った機械〕という解釈だ。
 お一人が「荷物を持って歩かなくてもいい、便利でありがたい乗り物」とおっしゃった。この「ありがたい」という自分なりの定義が心を穏やかにしてくれるのだ。ちなみに私は、本来仏である人間を載せるための尊い乗り物という解釈が入る。
 人はそれぞれ、自分の国語辞典を心の中に持っている。沢山の言葉について、自分の心を大きく、高め、深くできるような定義付けをしたいと思う。「その定義付けは自分でしなさい」--それが仏教だと思う。ナニモノかが決めた定義付けを鵜呑みにしては、せっかく多岐にわたる定義付けが可能なのに、もったいない。
 ちなみに、昨日のブログでいえば「光という字を見たら、智恵の大切さを再確認する」ということである。

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