もう三年ほど前に面接官をやったとこがある。そのあと面接した方に、「あの時の上から目線はいったい何ですか」とご意見をもらったことがある。憤懣やるかたないという感じだった。

それ以来、自らの傲慢さを恥じ入って、少しずつ治そうとしているが、どこかで自分を正当化したいとも思っていたと思う。
で、先週『「上から目線」の扱い方』(榎本博明)を読んで、「なーるぼど」と納得したことがあった。
「上から目線」に反発する人は、上位–下位、勝ち–負け、優–劣といった図式で物事をみる認知構造を持っているというのだ。「上–下」とか「勝ち–負け」の図式でものごとをみない人には何でもないことでも、そうした認知構造を持っている人にとっては、自分を見下した屈辱感を感じるという。この心理メカニズムは知っておくといいとアドパイスしてくれている。
なるほど、面接をした方は、それまで一般社会で働いてきた方だったから、そのような認知システムが染み込んでいたのかもしれないと思った。
同時に、同書ではこんな大切なことにもふれていた。
「相手の心理メカニズムの理解は、こちらの自己コントロールのために必要なのであって、相手に説明するためではない」--仏教でも人の心のメカニズムを探求する。その目的はまさに「自己コントロール」にあると思う。
こうしたおかげで、また一つ、自分の心に「謙虚さの種」が植えられたような気がする(芽がでて、花が咲くかどうかはわからないけど。ぎゃははははは)。
和尚ブログ ほうげん日記
2012年07月27日
