
拠無(よんどころな)い–(拠(よ)るところがないの意)。そうするほかに方法がない。「大辞林」より。
「3どころでもなく5どころでもない、4どころない」などという問題ではないのだな。わはははは。
私の毎日は、拠無いという選択肢が他にないような日々ではない。人間、自分で決めようと思えば、いろいろな選択肢の中から、自己決定できると思う。
しかし、娑婆の恩や義理がある。己が理想とする生き方もある。過去については、拠無く生きてきたことで納得すれば良し。これからのことは、恩や義理や、理想など複雑に絡まった中で、自分で最良と思えるもの選んでいければそれで、幸(さいわい)である。
高校時代の恩師の奥様から、年賀欠礼のお手紙をいただいてから一か月。たくさんの楽しい思い出がつまった高校時代だった。
「日の出を拝む人あれど、入り日を見送る人はない」--それじゃ、駄目ですと、言い続けているから、そのまま「そっか、あの先生、亡くなったのか」と放っておくわけにはいかぬ。
やっと、午前中に、お気に入りのお線香と、しがねぇ一人の生徒の社会の土俵入の晴れ姿を見せるつもりで『心の大そうじ』を手紙と共に、奥さまにお送りできた。
快晴の青空の東京。そのブルースクリーンに恩師の温容ある笑顔を映し出してみた。
