遊行(ゆぎょう)--僧侶が自己研鑽や衆生教化のために諸国をめぐり歩くこと。
遊歩(ゆうぶ)という言葉も同義。「遊び歩く」で、そんな気高い意味があるんです。遊び歩いているひとを馬鹿にしちゃいけません。わははは。
漢和辞典をしらべると、「遊」は一定の場所にとどまらずにブラブラしているというのが原義のようですが、私はこの一字の中に「束縛されない」とか「開放」「自由」というニュアンスを感じます。
規制概念や、固定観念にとらわれず、自由な心をもっている--そんな人で私はありたい・・・・。うははは。気取りすぎじゃが、そうなれるまでに、もうこの娑婆で残された時間は少ない。

ということで、今日は法事が一件。とりあえずの亡き人の供養はお葬式がはいらなければ今年はこれで終了。パチパチパチ。
でも、まだやり残したことは多々ある。その一つは、Mさんがお書きになった原稿の坊さんの目でみたチェック。同氏が書かれた「空海、黄金の言葉」(永岡書店)は着実に発行部数を伸ばして、一昨日お会いした時に、もうすぐ10万部ですとの言葉。監修という立場で関わったものが、これだけ世の人に読まれるのは嬉しいとことです。
Mさんが書かれた今度の本は、小学生低学年向け。楽しく拝読しつつ、私ならこう書くという赤をいれさせていただきました。
さて、今度は自分が書く本の番(これがほんとの本番だ)。うはははは。ちょっと馬力を絞り出さないと、ヤバイことになる。年末年始、遊び歩いている場合ではニャイ。
