今日は千葉のお寺にご詠歌と、お話をしに行くというのに、目的地近くのインターを下りてから、腕時計をしていないことに気がついた。時計なしでは、50分の話はできぬ。
昨日も、すでに送った原稿のチェックをしてくれている編集者の方から、私のケアレスミスゆえの間違いについての質問がたくさんメールで送られてきた。うっそ!こんな間違いを見逃してた?というものばかりである。
で、思った。
私は毎日を、一生懸命生きてはいるけれど、丁寧には生きていない–ということを。
丁寧に生きるというのは、明日からすぐにできることではあるまい。
時間をかけて、丁寧な生き方ができるようになるのだろうと思う。
一生懸命と丁寧が両立すればそれに越したことはないだろうが、なかなかできないだろうことも予測できる。
私の中では「丁寧」は、「きちんとしている」と同義語だ。

今日は、「自分は丁寧に生きている」と思っているかたからのコメント、大歓迎であります。
私が生きる上で、参考にしたいので、よろしくお願いします。
