ひょんなことから、空海(弘法大師)のご一代記を、8ページで書こうとしている。
今日、法事が終わってから10時間かかって書き上げた。が、夜中の手紙のような気がしないでもない。
でも、あまり面白いので、出版前に(といってもまだ出るかどうかもわからぬが)ちょっとだけ、予告である。
空海が大和の久米寺で「大日経」と出合うクダリである。
第一章を読み終えて「この教えこそ私の求めていたものだ」と直感した空海だが、第二章を読み始めて途方にくれる場面である。
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「これは……。これは大変だ」
びっくりするもの無理はなし。
そこに書かれているのは、どう見ても、
見慣れた、読み慣れた文字ではない。
それもそのはず、梵語、梵語、また梵語。
ボンゴといっても、太鼓じゃありません。遠い昔のインド文字。
困った空海は、迷子の子猫のように犬のお巡りさんを探すが、見つからない。

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こんな書き方をしたら、ひょっとして、私は罰があたってどうにかなるかもしれませんが、それはそれ。運の定めしところであります。
