六地蔵
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和尚ブログ ほうげん日記

りっぱな○○(道徳の授業、アッパレ)

先週の母校の道徳の公開講座で、久しぶりに授業参観をさせてもらってから、ハマッてしまった。
その内容、授業をすすめていく手順、子供たちの反応、そして何より自分も子供と一緒に考えることの面白さにである。

そんなわけで「10時20分くらいまでに来てくれればいいですよ」との校長先生の言葉に「いや、丸々一時間授業をみたいので、九時半に行きます」と答えた。
6年生の授業が面白そうだったので、おじいちゃんのようなふりをして、教室にいた。

M先生が最初に、パワーポイントでA・B・C・D、四択の画面を見せた。

 このうち一つを選んで、選んだ生き物のりっぱなところを言わねばならぬ。うははは。

 生徒はどんな動物なのかわからないうちに、ABCDを選ばねばならない。わはははは。

 Aは、イルカ。りっぱなイルカとは、つまりイルカのりっぱなところはどこか。
 Bはゾウ。りっぱなゾウとはどんなゾウか。
 Cはチンパンジー。りっぱなチンパンジーとは、私も考えたことがない。ぎゃははは。
 そして、
 Dは・・・人間である。これが今日の授業のテーマだった。「りっぱな人間とは」である。

 M先生は実に、力のある先生だと思った。軽妙なトークの中で、グイグイと核心へと引っ張っていく。
 もちろん文科省の指導要領にもとづいた計画だとは思うが、その骨格をはずさない範囲で、つぶやくようにM先生が生徒に語る言葉が、たくさん私に突き刺さり、あるいはツボにはまり、真剣に考えたり、笑いを堪えるのが大変だった。

 おそらくM先生は意識していないと思うのだが、この中でズシンと来た言葉が、
 イルカを選んだ子たちに言った言葉。

「もし、イルカに生まれたらイルカのりっぱなところはクリアーしたいでしょ。これを外したらイルカとは言えないというのを考えて」(そのままではありません)

 当然と帰結として、私たちは人間に生まれた。イルカに生まれたら、これを外したらイルカではないということを考えた人は、思うだろう・・・では私は、人間としてこれをはずしたら人間とは言えないではないかと。
 その目標に向って進む、これが人の道、徳の道、つまり道徳である。
 そのあと、一時間話さなくてはならないなんてことをまったく考えずに没入した45分間だった。
 小学生に戻りたいとは思わぬが、こういう刺激的な授業は何度でも受けたいと思った。

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