坊主としての自分の人生を振り返り、そして進むべき道を考えることがある(もちろん一人の時である。一人でないとそんな殊勝なことは考えぬ。ぐははは)。
で、今日、音羽の護国寺での施餓鬼法話を終えて、帰宅して、密蔵院の施餓鬼の塔婆を書いていて、フッと思った。
「俺は、徐々に出家しているのだな」と。
私が、名目上の出家をしたのは大学1年生の時だった。出家しないと、お坊さんになるための大学の授業が受けられないからである。
それから、大学を卒業して一年間高校の教師をしてから2年後。「この人と結婚したい」とおもっていた人と結婚した。子供を三人授かった。
そうなると、坊主としてより、夫として、父として女房、子供を食べさせていかねばならぬ–その思いは強かった。
それから5年ほどして、密蔵院の住職になった。
今度は、住職として寺を守っていかねばならぬ、寺を維持、存続させねば–と当時は思った。
もともと僧侶は流浪の民のようなものだ。世間の価値観にとらわれずに、心自由に生きていくことが、人としての理想だとも思う。しかし、現実は違った。妻にしばられ、子供に縛られ、寺に縛られる存在でもある。
それを、別のとらえ方をして「縛られるのではくな、そこに根を張るのだ」と納得した。単に寺を維持、存続させるのが住職の役目なのではなく、「心が安らかになるための教え」としての仏教を伝える場として維持、存続の大切さを考えるようになった。
そのころからだろう。名目上の出家ではなく、実質的に寺を出ぬまま「世間的価値に縛られない生き方」を、時々、ところどころで、できるようになったと思う。そして、そうなったら楽に生きられるようになった。
年を重ねるというのはそういうことかもしれぬ・・・。人は徐々に出家していくのかもかれぬ。

オファーがある本(今書いているものとは違う)には、そういうことを書こうと思った。
