今日を普通に割れば「母の日」という答えが出る。
今日を理屈で割れば、「今日だけ母に感謝するのはおかしいだろう」などとというどちらにしろ母に感謝などしないヤカラの答えになる。うははは。
もう30年ちかく前に、永六輔さんがラジオで言っていた話は、さて何で割ったことになるのだろう・・・。
ある日まだ小さなお嬢さんと土手に行った永さん。
川面を見ながらお嬢さんが言った。
「ねぇ、私はどうやって生まれてきたの?」
「それはね。とっても綺麗な星空の日だったんだ」
「へぇ、お空がとても綺麗だったんだ」

「うん、その夜にね。パパがママにとっても大切なものをあげたんだ」
「へぇ、お空が綺麗な夜に、パパがママにとっても大切ものをあげたの?」
「うん」
「それじゃ、ママ、とっても喜んだでしょ」
「うん、とても歓んだ」
--いかがであろう。私はこの、ロマンチックで、エッチで、性教育の話が大好きで、子供が生まれたらいつかしようと思って、よく子供たちを土手に連れ出して、川面を眺めて座ったものである。
残念ながら、いまだに子供たちから
「私はどうして生まれたの?」
ときかれたがないのが、残念でならない。
5月の第二日曜日を下町の坊主が割ると、こうなるという話である。
わはははは。
