被災の現場に、ようやく報道が続々と入って、被災者の方々の声が聞こえてきました。命懸けの取材です。
それをどう勘違いしているのでしょう。避難の模様や、行方不明の家族を心配する声ばかりを放映している姿勢は、どうにも納得がいきません。
彼らが命懸けで取材している被災者の人たちの「要望」とそれに応える「手段」について、もっとまともな編集をして流してもらえないだろうかと思います。
知り合いの何人かが、そんな報道に満足できずに一般道から現地入りして、自分の目で、中からの目で「何が必要なのか」を発信しようとしています。
素人が動くことは、かえって救援の迷惑だとの異論はありますが、その行動力に触発される人は多いでしょう。その触発が次の動きとなるのだろうと思います。
同じ人間として、日本人とて何もできないもどかしさを感じている人は多いようです。
しかし、まだこれからなのです。ここ一週間くらいで多くの実体が把握されてくるでしょう。
その時のために、じっとしていることはとても大切だと思います。
それは手をこまねいているのとは違います。
次のパッターボックスに立つまでの、ウェイティングサークルに待機しているようなものだと、私は思うのです。

私もできれば、100円ショップへ行って、電池や靴下や食料を被災地に送るために大量に買いたいところですが、我慢しています。
東京では、スーパーやコンビニ、ガソリンスタンドが大変なことになっていますが、私は今家にあるもので、しのげるだけしのごうと思っています・・・その時のために。
