血にまみれながらも、不思議に笑みを浮かべて息絶えている小次郎……。
立会人に一礼をすると武蔵は小舟に飛び乗った。
舟が沖へでても、武蔵はふりむきもせずに、じっと無言で海を見ていた。
肩を落としたその背中。船頭の佐助が覗き込む。
武蔵の顔は苦しみにゆがみ、頬に一筋涙がこぼれていた。
佐助は思った。
「これが勝ったる人なのか、日本一の剣豪か……」
武蔵は言った。
「佐助、俺は苦しい。とてつもなく寂しい。今まで、どれほどの人々を苦しめてきたことか。吉岡一門や、何の怨みもない小次郎さえも……。剣のため、技を磨くためだと……。ああ、もうやめた、やめた。果たし合いはもうやめた」
「武蔵さま、あなた。一人でそんなに苦しみを抱えなすって。そんなに悩まないで。天下に聞こえた日本一の剣豪じゃございませんか」
佐助の言葉を背に受けつつ武蔵は思った。
「命をかけた果たし合いをすべて勝ち抜いてきたが、多くの人々を苦しめてきた。何の怨みもない者たちを。それで、日本一の剣豪といえるのか、天下の勇者と言えるのか。強い者こそ弱いのか……」
「まあ、強い武蔵さま。あなたさまに泣かれたんじゃ、この佐助まで……」
二人は無言で舟島を離れていく。
後の世のまでも語られる武蔵と小次郎の真剣勝負だが、のちの世の人々は、戦いに破れた若き剣士の号をとって、舟島のことを、巌流島と呼ぶようになったという。

勝ち負けの世界にいつまでもいるわけにはゆかぬ。勝ち負けの世界が無益であることを、小次郎の死によって、武蔵は知った。一人の剣豪がその境地に達するまでには、あまりにも多くの血が流された。あまりに多くの人たちの人生が、そして命が犠牲になった。
時代は移り変わっても、いまだに勝ち負けで浮世をわたろうとする人たちがいる。投資や買収などの経済の世界に於いても同じだろう。自分の人生はもとより、他人の人生を無茶苦茶にしてよいはずはない。
注:明日、アップしようと思って書いたのに、予約画面を飛ばして、投稿してしまいました。わはははは。これもまた、良しでございますので、そのままにしておきます。
