六地蔵
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和尚ブログ ほうげん日記

運び去られると残るものがある。


今日の東京は台風の影響で、午前中は暴風雨。それが午後からは、みるみるうちにたかーい秋の空が現れた。

お彼岸最終日のこととて、お参りに来た檀家さんに
「台風の風が、雨雲を運びさって、同時に秋空を運んできてくれたようですね」と言った。

気分的にそんな言い方をしたくなるほど、雲が切れたところから青い空が続いているようだった。

しかし、考えてみたら、風が雲を運びさってくれたら、もともとそこにあった秋空が残っていたということである。

散らかった床の荷物を片づけてみたら、ずっと探していた大切な人からのハガキがそこにあったようなものである。ハガキは最初からそこにあったのだ。

つまり、煩悩の雲を払えば、もともと私たちの本性である仏が見えてくるという仏教の話である。

ある意味で「本性は仏なのだ」という性善説を確信して、煩悩の雲を払ったり(煩悩を消す)、煩悩の雲を私たちの本性である仏の姿にかかってもオツな景色になる雲に変化させる(煩悩の雲も変化させて肯定していく)のが仏教でもある。

そして、煩悩の雲に気づくことが心安らかな境地(悟り)へとダイレクトに結びついていることを「煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」っていいます。だから、煩悩はあっていいってことです。

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