
15時、お寺の玄関いにたら、それを見た元植木屋さんの檀家さんが
「じゅうしゅうくぅー、ホースねぇのかぁ?」と玄関の外から叫んだ。
「えっ?あるよ」
と私は玄関横の水道蛇口につながれているホースのドラムを指さした。
「なんだこんな所にあるのか。いままでバケツで使ってたんだよ」
「・・・・・・?」
「ほれ、出てきて見てみな。植木がみんな水枯れして、葉っぱがシナシナになっているよ。これじゃ枯れちゃうよ」
「へぇ、気がつかなかった」
「ホースそのまま出しといてよ。朝来たときに、俺が水やるから」
ありがたい話である。
檀家さんが自転車で勢いよく帰ってから、玄関前の大きな銀杏の周囲に、30分ほど水を出しっぱなしにしておいた。
30分たってから、行ってみると、水は大した広がりを見せず、かといって水たまりになるわけでもなく、水が出続けていた。
そうとう乾いているのだなと実感した。
心が渇き続けていた人も同じなのだろうか・・・。一度の(心への)水やり程度では回復しないのだろうなと思った。人をあやめて、刑に服している人から届いた一昨日の手紙に返事を書いていなことを思い出した。
これから返事をかこうと思う。
