
「仏が具(そな)えている智恵を開くと五つになる」--密教辞典にはそうある。
ここにサイコロキャラメルの箱があるとしよう。それを展開図にすると六つの正方形が現れる---数こそ一つちがうが、まあそういう例えだ(どうしてサイコロキャラメルが出したかと言えば、私の好物だからである)。
そんでもって”仏の智恵って何じゃぁ?”と言えば、仏様のような気持ちになると、備えられるてくる智恵のことだ。もともと私たちもそういう智恵を持っているのだけれど、煩悩が邪魔してその智恵があらわれてこないというわけだ。
そのうちの一つが
「大円鏡智」(だいえんきょうち)。
でっかい鏡のような智恵である。---つまり、ものごとをありのままに映す智恵である。
夜は夜でいいと見抜く智恵だ。
そしてまた、渋谷の街のように、夜なのに電気が皓々とついている状態をそのまま
「ああ、夜をくらい夜として楽しめないのだな」とか、
「夜だからこそ、こしたネオンが映(は)えるのだな」とか、
「ああまでして、宣伝したいのだな」と捉える智恵でもある。
私たちの命をそのまま「命」としてみていく智恵だ。役にたつとか、金を稼ぐとか、正直だとか、嘘つきだとかではなく命を「命」としてみていく智恵である。
ただ、天の邪鬼な人は「でも鏡では左右が逆になるでしょ」と思うかもしれないが、そこは目をつぶる約束になっている。うははは。
”ものごとをありのままに観る智恵”--すでに私たちも時により、事により、そんな智恵の眼(まなこ)を開いている瞬間があるものだ。
それに気づけば、大円鏡智を体得するコツのようなものがなんとなく分かるものである。--あはは。えらく曖昧な表現で申し訳ない。
明日は「その二」でございますが、事情によりまして、4日間はコメントにレスができません。ご了承くださいませ。
