
話の中で、
「だって、それじゃ意味がないでしょ」
という言葉を言う時もあれば、聞くこともある。
聞く場合に、あとになってよく思うことがある。
「あの人は、何にでも意味がないと、それこそ意味がないと思っているのじゃないだろうか」と。
彼(か)の人には意味が必要でも、他の人には特別な「意味づけ」をする必要など感じていないことが多いものだ。
分かっていても、自分で言ってうまうことがあるから、厄介である。
もちろん、意味づけが必要なことだってある。学校の朝の朝礼は意味づけが必要だろうが、友達と一献傾けるのには理由などはいらぬ。
私はそのうちに、自分の人生に「何の意味付け」をしなくても、イキイキと生きていける日々を過ごしたいと思っている。
それがよく言う--「ありがたい」と思って一日暮らす--ということかもしれぬ。
「ああ、今日もありがたいな」と思って、少しでもご恩返しする気持ちで何かやらせてもらえればいいと思う。--思うが、娑婆を生きていく、社会性のなかで生きていくときいうことは、相手がいることだから、なかなかそうはいかぬわい。
自分は意味づけの必要のない日々を淡々と送り、意味づけをしないと気が済まない方には、それに同調するくらいの心の大きさを持てる・・・のは、いったいいつのことだろうか。
