
–ということで、弘法大師が師僧、恵果和尚のためにしたためた碑文の最後でございます。
慧炬已滅:慧炬すでに滅(き)え、
法雷何春:法雷いづれの春ぞ
〔智恵の灯明はいまや消えてしまい、春雷が虫の眠りを覚ますように、法の雷を轟かす師はどこへ行かれたのだろう。今は身近にいなくなってしまった〕
梁木摧矣:梁木(りょうぼく)摧(くだ)けたり
痛哉苦哉:痛ましいかな、苦しいかな
〔人々の、そして国の梁ともいえる偉大な方が亡くなってしまった。痛ましいことだ、そして苦しいことだ〕
松檟封閉:松檟(しょうか)封閉して、 ※檟、ひさぎ。
何劫更開:いずれの劫にか更に開かん
〔松や檟はお墓の入り口をふさいでしまった。いつの時代になったらもう一度その扉が開き、またお会いすることができるのだろう〕
☆ ☆ ☆ ☆
冬の雪のように凛としたあの人。
春の草木の芽吹きのようなはつらつとしたこの人。
夏の入道雲のように、力強くはげましてくれたかの人。
秋の黄昏のように、しっとりとした落ち着きをみせてくれたその人・・・。
こうした、季節と同調した思い出のある人と会えなくなってしまった時には、
「□□□□、いづれの冬ぞ」む
「××××、いづれの春ぞ」
「○○○○、いづれの夏ぞ」
「△△△△、いづれの秋ぞ」
—そんなふうに言えるようになったら、人生がずっと深いものになるような気がしませんか。
今日は、ゲストに、江戸川区の女性センターの方々をお迎えして、浪曲の広場のチャリティの実りについてお話いただいたりしながら「浪曲の広場」を終えて、お寺の隣のお料理屋さんで、師匠たちと暑気払いの宴の楽しい2時間。芸能界の裏表、そしてその中で、どうマットウに生きていくかなどという話が延々と愉快に続きました。その間に、私はいつものように、ヘベのレケ。ぐはは。
さて、これから、昨日午前3時までかかって見た「21世紀少年団」の1、2作目の続き、最終章のDVDを見ようという魂胆でございます。
写真は、今日出演してくれた浪花亭友歌さん。手前の頭は、曲師(三味線)の伊丹明さんでございます。
