
中国へ密教を学びに行った若き日の弘法大師、空海。
遣唐使船で中国へ行った時も、嵐にあって漂着した港で、現地の役人と押し問答していた時に、空海が筆を取って「私たちは怪しいものではありません。そもそも・・・」と格調高い漢文の手紙を書いたとたん、「こんな文章を書ける人は中国にもそういるものではない。だとすれば、この者たちの素性は確かだ」と上陸を許可された—それくらい文章は上手く、漢文の素養は群を抜いていたと言われます。
そして、中国で、念願かなって、密教の諸流をあまねく受けていた恵果(けいか)和尚に出会うことができます(このあたりは司馬遼太郎著「空海の風景」でお読みください)。
しかし、その和尚が、空海に密教のすべてを授けると、安心したかのように亡くなってしまいます。
何千人もいる弟子の中で、銘文を書くことになったのは日本から来た空海でした。
生(しょう)は無辺なれば、行願(ぎょうがん)極(きわ)まりなし・・・
[生きているものは限りがないから、その生きとし生けるものを救おうとする願いも実践も果てはない]
–こんな書き出しで始まる銘文。
次回より、もうちょっとだけ詳しくご紹介申し上げます。
思い出がたくさんある、尊敬する人が亡くなった時に送る、単なる美辞麗句ではなく、人情が籠もった、それでいて品格がある文の、ある意味でお手本であります。
