
「キャンドル・ナイト・1・ピース」が企画してくれた、密蔵院を会場にした東京での「原爆の火」の採火ワークショップ。
広島の原爆投下から一週間目、親代わりをしてくれたおじさんの家の焼け跡で見つけた、小さな火。軍人だった甥は、遺骨代わりにカイロにその火を移した。
その小さな火を福岡の実家へ持ちかえり、かまどや仏壇で灯し続けてきたYさん。
「叔父を、そして何の罪もない十何万という一般の人々の命を一瞬で奪った憎い、怨みの火を、いつかワシントンの上にも降らせてやる」
誰にもその理由を告げずに守られてきた火は、やがて「平和の火」として全国に受け継がれていく。
そして全国から「平和の尊さを教えられました」という、感謝の手紙がYさんの元に、沢山届く。
その手紙が、Yさんの怨みの気持ちを変えていきます。
「この火をワシントンに落としたら、そこでまた、たくさんの俺のような人間を生むことになる・・・」
福岡県星野村に今も伝わるオリジナルの「原爆の火」。
その火を「キャンドル・ナイト・ワン・ピース」という団体が毎年採火して、各地での「平和を考える会」に使ってもらえるように、各地でピース・ステーションを設けて、火を分ける。
それぞれのイベントの主催者が、この火に託したYさんの当初の思いから晩年の思いを共有するために、2時間をかけてしっかり学ぶ。
この「原爆の火」が、単なる平和ボケした「平和の火」ではないことを、肝に銘じるのだ。
すでに全国30カ所以上で、この火は燃え続けているそうだ(今回のイベントの火はイベント終了時にすべて消すことになっている。来年は来年でまたオリジナルの火をもらいにいくのだ)。
その火に手を合わせる被災者の遺族や、親族、知人たちの思いも半端ではない。
その火は、自分の親しい人を抹殺した、怨みの火、憎い火でもあるからだ。
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「人を憎むエネルギーと許すエネルギーは同じくらいだろう」というのが私の持論だが、今回の「平和の火」によって、日常の中で、人や社会や境遇に「怨み」を抱えて生きている人の心が、平和で安らにならんことを、切に祈るばかりである。
写真は、火をカイロに移している所。
