六地蔵
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和尚ブログ ほうげん日記

懺悔文超訳(その7)–呼び名と姿ばかりの坊主


ぐははは。こういう続き物は結構読者からは敬遠されるという話を、編集者から聞いたことがあります。
今読んでいることは、何かの続きならば、最初から読まなければわからないのか・・・と思われてしまうからなのだそうです。
昨年10月に出した「実践版 般若心経 こだわらない生き方」(三笠書房)も、「実践版」とカンムリをつけたために、「それでは、基礎版が以前に出ておるのだな。それを読まないとこの本はわからないのだな・・・」と、書店で手にとる人が少なくなるというのです。ぐははは。そんなことはないように書いているんですけどね。

でも、ブログの懺悔文超訳は、毎回二句のご紹介ですから、ちょっとクリックすれば、すぐにスタートから読めます。

ということで、鎌倉時代の真言宗のお坊さんカクバンさんが、当時の自分と周囲のお坊さんを代表して、書いた懺悔(さんげ)の文。

いよいよ、お坊さんにゃ、こうやつはおらんか!と怒っていく部分です。

ご紹介する私も、身の縮む思いですが、思い切ってまいります。

☆ ☆ ☆ ☆

「僧侶」という呼び名に、傲慢になって神聖な伽藍を俗物化しおって、
姿ばかりが僧侶の格好をしているというだけで、本来はお布施をいただくような精神も持ち合わせていないのに、しっかりお布施だけはいただいておる。いったいどうなっておるのじゃ……。
假名比丘穢伽藍――名を比丘假(かっ)て、伽藍を穢(けが)し、
比形沙門受信施――形を沙門に比して信施を受(う)く。

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