
受験シーズンまっただ中。近所を通っても、中途半端な時間にバス停に大勢いる中学生。三年生だろう。願書を提出にいくのだろうなと思う。自分のあの頃の緊張の連続の日々を懐かしく思い出します。
そして、また、多くの大学ではテストやらレボートの提出の時期。
今日も今日とて、娘は「この英語、訳してくんない?」と日本語ならともかく、英語だとどういう言い回しをすればいいのだ?と思うような内容の日本文を持ってきた。
そんなもの30分でやってやろうとはじめたが、どう考えて2時間くらいかかりそうだった。わははは。
結局最初の3行だけで時間切れである。
「クリスマスは、神が人として生まれたという誕生の祝いと太陽の再生を祝う冬至が融合したもので、原義はChrist(キリスト)+Mass(ミサ)である」なーんて、どうすりゃいいだわさってトコである。
だいたい「冬至」なんて英語、知らないっちゅーの!わははは。
と---そんな呑気なことをやっている場合でないのは、登校時間の迫った娘だけではなく、私だってそうだ。
午後から檀家さんが役員を務める会社の社員の方々向けの、「お坊さんのお話を聞いてみる会」の資料を今日の午前中に用意しようと思っていたからだ。ぎゃははは。
トークライブで話す私の内容は”きれいごとだ”と思う方は多いと思う。
しかし、杖をついたり転んだりしながらも、三歩進んで二歩も三歩も、時には五歩も下がるような生き方をしていても、前向きに笑顔で、心を耕していく年月を重ねた場合と、
何もせずに、楽で、楽しいことばかりを望み、それがかなわずにグチを言いながら過ごして年月を(「無駄に」とは言わない。それはそれで大逆転するための準備でもあるからだ。でも大逆転しなかったらエライことである)過ごした場合では、そりゃ違ってくると心底思っている。
帰りにいただいたようなきれいな欄を、心の中でも育てたいと思う。
ちなみに、冬至は the winter solstice(ザ・ウィンター・ソルスタス)って言うんだそるすたす。わはははは。
