
紅葉の名所、美濃の華厳寺が西国33観音霊場の結願のお寺。
花山法皇が平安の時代に、このお寺に奉納したご詠歌は・・・
よろず代の 誓いをここに 頼みおく 水は苔より 出(い)ずる谷汲
大意:長年にわたる世俗の願いごとも、ここまで長い巡礼をへて、いまようやく結願を迎えました。おかげさまで世俗の願いは、このお寺の観音さまにすべてお任せして、今は私の心も清浄な水がきめ細やかな苔から流れ出るような、清々しい気持ちで一杯であります。
東京大学で高齢者の問題を研究している先生の話をラジオで聞いた。
「自分がもし、もう一回死ぬとしたら、“あんな死に方はしたくなかった”と思うような死に方、つまり生き方をしないためにどうするかを考えてみるといいですね」
実に興味深いたとえです。
私も死ぬ時には「こんな死に方なら、もう一回死んでもいいかもな」と思えるような死に方をしたいと思います。
でも、それはつまり、ちゃんと生きるってことです。
人生は巡礼のようなものですね。51歳になって、しみじみそう思います。心の陰れを徐々に取り除いていく……そんな人生でありたいと思います。
ということで、33霊場の御詠歌と解釈におつきあいいただきました。
「最近、連続モノ、多いッスよね」とは、友人の二人組のバンド「まつる」の松谷君がボソッと言ってくれた言葉。
「御詠歌ばっかりで、あんまし面白くない」とは、檀家の☆さんが家内にボソッと言った詞。ぎゃははははは。
明日からのブログについては、まったく白紙状態。どうなりますか。明日になったらパソコンの前で考えます。
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アッシー父さんは、今日も早くから、娘の大学へ。昨日までの学園祭で使った私の実家の二升炊きの炊飯器やら、何やらを川崎市まで取りにいきましたとさ。
運転の道中は国会中継を聞きながら。
「マニフェストが実現できなかったら総理はどう責任を取るつもりですか」
「解散総選挙をします」
「それは責任を取るということではなく、国民の信を問うということでしょう」
わははははは。
すでに自分のシナリオを作っておいて(つまり自分の言いたいことがありながら、それを隠しておいて)、相手の言葉尻を取ってへこませようとする……。
私にはそういう邪悪なことはできません。
「言葉が人を傷つけるのではなく、それはすでに、人を傷つける心を持っているからです。だから心を磨くしかないんですよ」―――村上正行アナの言葉が身にしみます。
さて、19時から密蔵院でのご詠歌。今日の夕飯はカレーだそうです。
※写真は昨日の超宗派でやった結婚式のワンカット。
