
えーと今日もけっこう酔っている和尚です。
95歳のおばあちゃんのお葬式で、繰り上げ初七日の後の席で、孫さんや曾孫さんから「まあ一杯」攻撃(?わはは)で、すっかり撃沈の体(てい)ですが、昨日の約束ですからしっかり(しっかかりしすぎ?どゃははは)書きます。わははは。
「宇治は茶でもつ、茶は宇治でもつ」――そんな歌があったような、ないような。
でも、今回は西国10番の札所、宇治の三室戸寺(みむろとじ)で、千年以上前に花山法皇が唱えたご詠歌のご紹介。
その歌は……
夜もすがら 月を三室戸 分け行けば 宇治の川瀬に 立つは白波
○夜もすがら*日の暮れから暁までのこと。終夜のことであって、夜不尽(よもすがら)の意。
○月を三室戸*月を見ろと「三室戸寺」をかけある言葉。こういうのはつまり駄洒落であって、たとえば密蔵院の密を「三つ」とか「見つ」とか「光」にひっかけるわけですね。
「子供の魂 密(三つ)蔵院」とか「無くしものはここで密(見つ)蔵院」とか「ピカピカ輝く密(光)蔵院」とか、ひっかけていくわけです。
たかがオヤジギャグと侮(あなど)るなかれ、奥ゆかしい和の世界なのです。
○月*仏教で月と言えば、闇の中で欠けることのない丸く輝く智恵のことを象徴しています。
○白波*昭和11年発行の「ご詠歌新釈」には次のように解説してあります。あんまり難解で、笑っちゃうのでそのまま引用しますね。こんな解説を当時の(たかが70年前の方々はわかっていたのだと思うと、我が身のいたらなさを痛感します)一般の人々がわかったのだと思うと……うははは。穴を探さないといけない。
〔白波〕これは隨縁真如の浪の意を含めたのであります。万有の本体をさして真如といいますが、この真如には湛然寂静(たんねんじゃくじょう)なる不変の相(すがた)であると共に、諸々の縁に応じて、如何様(いかよう)なる差別(しゃべつ)をも変現する義があります。
即ち無明の染縁に触れれば、染の諸法を現し、真如の浄縁に触れれば、浄の諸法を縁起するのであります。そして、前の寂静不変の相を不変真如というのに対し、後の諸縁に応じて変現するを隨縁真如と名付けるのであります。
この平等一味、湛然寂静の真如が、縁に応じて差別の相を起こすことが、ちょうど平穏な大海が、風が吹き来ることによって、大波小波(たいはしょうは)を発現るするがごときを称して、隨縁真如の波というのであります。十訓抄にも「実相無辺の大海に、五塵六欲の風は吹かねども、隨縁真如の波の立たぬ日はなし」とあります。―――
正直、私にはこの三分の一もわかりません。ぎゃははは。
酔った頭で考えるに……私たちの心に立つ煩悩という白波は、外からの影響である風によって波が立つ場合もあるし、自分の心が同様して自分でたてている心の波もあるんですよ、ってことだろうかと思います。
さて、そこで、上記『ご詠歌新釈』の筆者の堤達也先生の素晴らしい解釈に芳彦流の味を少し加味してお伝えしましょう。10月3日の中秋の名月を前にして、もってこいの深い味わいです。
〔通 釈〕
夜一晩、良い月を眺めようと思って、宇治川のそばの三室戸寺のあたりの道を分けて行くと、これまた意外にも、私の足元の宇治川の瀬に白波が立ち騒いでいるのを見ました。
これはこれで、よい景色で、案外儲けものでしたが、でも、この白波こそは、実に油断ならないもので、良い良いと思っていると、なかなかそうではなく、せっかくの真如の月影も、この大小の波の為に漂わされ、弄ばれて、ついには仏の本体をつかむことができなるなります。
良い景色だと思っているのがもともと間違いですから、深く注意して、こういう俗縁の起こるのを祓い清めて、真如の本体をつかみ、仏の慈光に接することにつとめなくてはなりませぬ。
わあ、勉強になりますねぇ。
白波を見るのではなく、目的はその川面にうつる満月の本体をつかむことなのだぞ、とという戒めであります。
もとより仏教には、その白波もまた仏の本体であるという考え方があります。しかし、それは川面に映る月影の本体を我が身のものとしてからの話。
表面でおこっていることにこだわらずに、ものごとの本質を見極めよ、そして後、表面で起こっていることを笑顔で認めていけ……そういうことでしょう。
私の好きな言葉「清濁、あわせのむ」と同じようなことでしょう。
清いものだけを受けて、濁ったものを受け取らないような度量じゃいけません。いつかは両方を、笑って受け入れる広い心を持ちましょう。
長くなってスイマセン。
さて、次回は11番札所、上醍醐。いまでは一番の難所。ほとんど登山です。一昨年落雷で燃えちゃったお堂であります。
西国霊場ホームページ⇒http://www.saikoku33.gr.jp/
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今日は鹿骨から車で10分ほどの亀戸のショッピングセンター内の広場で「風人(カジピト)の祭り」がありました。
私はお葬式で行けなかったのですが、そのイベントにミュージシャンとして参加していたのは10月25日に密蔵院でライブをやってくれることになっているKNOBさん。そして、何度も密蔵院でライブをやったり、泊まったり、飲んだりしている森源太。
お葬式から帰ってきたら、案の定、源ちゃんが家族で顔見せに来るとことに。おお、楽しかねぇ。おくさんのエミポンとも、愛娘の瑞穂ちゃんとも、一年ぶりくらいかな。
本当は打ち上げ終了後に来るはずが、打ち上げに出ないで密蔵院へ来ると、今電話が。何か食べるものあるかね?という電話。わははは。
家内が娘とあわててカレー作りスタートです。ぎゃはははは。
