六地蔵
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和尚ブログ ほうげん日記

花山(かざん)の思い--序章--


 ……こうしてはじまった33のお寺にまつられている観音さまを順にお参りする巡礼。720年当時の各お寺の住職の健闘もむなしく、いつの日か、33のお寺をまわるブームは去ってしまいました。

 それから200年ほどたって第65代、花山(かざん)天皇の時代。

 時の勢力争いから、落飾(ラクショク・貴人が髪を剃って僧籍にはいること)した花山法皇(ほうおう)は、当代きっても歌人でもありました。

 浮世の勢力争いなど人の醜い部分を見続けてきて、いま仏門に入った法皇(天皇を引退した人の呼び名)は、ふとしたことから、200年ほどまえに、大和の国長谷寺の徳道上人が発起人になって企画された33カ所観音巡礼のことを知ります。

「よし、私もこの御利益をいただこう。そして、せっかくだから、それぞれのお寺に、お経だけでなく、和歌も奉納しよう」と思い立ちます。

 行く先の寺々で、詠んだ和歌を木の札に記(しる)して、本堂の柱などに打ちつけてお参りしていきました(今、本堂にそんな板を釘で打ちつけたら手が後ろに回ります)。
 このお参りの仕方がとても評判となり、やがて巡礼することを「札(ふだ)を打つ」と言うようになりました。

 さて、歴史の流れの中で、33のお寺をどういう順番で巡るかは、変化してきました。
 長谷寺がもともとの発端だから一番札所であったこともあるし、ハンコがあった中山寺を一番にしていた時代もありました。

 おそらく江戸に幕府が開かれた頃、つまり東に人口がたくさん集まりはじめた頃に、西のほうの国にある観音さまの霊場ということから「西国(さいごく)観音霊場」と呼ばれるようになりました。
関東のほうからお参りする人が増えたのです。

 そこで、いまでは、東から旅をして33のお寺を効率的にまわれるように、一番札所は和歌山県那智の青岸渡寺(せいがんとじ)になりました。

 このお寺に花山法王が納めた和歌(ご詠歌)がこれ。

   普陀落(ふだらく)や 岸打つ波は み熊野の 
                那智のお山に 響く瀧つ瀬

……うーん、なんとなく分かるような、わからぬような……。

 そこで、これから33のお寺に花山法王が納めたご詠歌(和歌)の内容をたどりながら、ウェブ上で仏教巡礼をしてみようというわけです。
 最低33回続きます。うははは。おつきあいください。

  ○     ○     ○     ○

 三日前から疼(うず)いていた歯ぐきの痛みが昨夜から急上昇。今日はおかげで、集中力ゼロ。実家のお寺のお手伝いしていただいている方々のご慰労のための屋形船も長男と次男に行ってもらうことにして、私はアポなしで歯医者さんへ行って、薬をゲット。どうもありがとうございます。
 いまのところ、私は歯痛以上の肉体的痛みを味わったことがないので、私にとって歯の痛みは史上最大の激痛なのです。
 でもまあ、はぐきが炎症を起こすというのは、経験上、疲労が最大の原因ですから、ゆっくり暮らせというシグナルでしょう。
 家内に「歯の痛みと、出産の痛みはどちらが痛い?」と聞いてみようと思います。

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