
では、「父母恩重経」全文の意訳です。
改行など適当な処理をしないので読ずらいかもしれませんが、プリントアウトなどをして(現代の写経かな?)、じっくり味わってみたらどうでしょう。
仏説父母恩重経(意訳)
あるとき、お釈迦さまが王舎城にいた時のことです。菩薩や声聞たち、僧、在家の信者、もろもろの天の神、一般の人々、天の竜、鬼神までもこの教えを聞くために集まりました。
だれもが、一心にお釈迦さまの説法を聞き、お顔を仰ぎ見て、視線をそらしませんでした。
お釈迦さまは次のようにお説きになられました。
「人がこの世に生まれて生きていられるのは、父母に依っている。
子は父がいなければ生まれることはなく、母がいなければ育つことはない。母の体に身ごもり身をよせること十か月、月日は満ちて、子は生まれる。
父と母は子を育てる。寝るときには子をゆりかごに寝かせ、あるいは抱きそしてあやす。
子は、その心地よさのなかで笑うがまだ言葉は話せない。
子は飢えて食べ物を欲しがる時、母が与えてくれなければ決して食べないし、喉が乾いても母の乳でなければ飲まない。
母は自分が飢えているときでさえ、自分はまずいものを食べ、美味しいものは子に与える。
また乾いた快適な場所に子を寝かせ、自分は湿った不快なところにいる。誠実な心をもっていなければ親ではないし、母でなければ子を養育しない。
慈しみ深い母は子を養う。ゆりかごを離れる頃にはその十本の指は子の不浄な物で汚れているが、そんな指で食べ物をとることさえ厭わない。
母親からもらう乳の量はなんと合計で八石四斗※にもなる。母の恩は天にその果てがないと同じくらいに大きいのである。
いったいそのような慈母にどのように報いたらよいであろうか」
※一斗は18リットル強、石(こく)はその十倍。従って八石四斗は1,500リットル余りになる。
お釈迦さまの弟子の阿難尊者は申し上げた。
「お釈迦さま、どうしたらその恩に報いることができるか、どうぞその方法を教えてください」
お釈迦さまは阿難におっしゃいました。
「阿難よ、心して聞き、そしてよく考えなさい。私は分かりやすく説く。
父母の恩とは天にその果てがないのと同じく大きいものである。
もし孝行な子があって父母のために善い行いをし、お経を写すなら、また七月十五日にお盆の供養の皿を作り、仏と僧に捧げるなら、その功徳をもって父母の恩に報いることができるだろう。
またこのお経を写経し、世の人に広め、身に保ち、読誦する人は、父母の恩に報いることができるであろう。
父や母が近くの家に雇われたりして帰りが遅くなると、我が子は家の中で泣き、早く帰ってほしいと思う。
遠くから帰る親を見てゆりかごの中にいる時は頭を動かす。
またハイハイしながら父や母の後を追い、母のところに向かう。
母はわが子のために身をかがめ、両手を差し伸べて抱き上げて体の土を払う。さらに口づけし、懐を開いて乳房を出し、子に乳を与える。
その時母はわが子を見て喜び、子も母を見て喜ぶ。母と子の心は全く一つになる。
恩愛、親愛の情が深いことこれに勝るものはない。
二、三歳になると、子は自分の頭で考え歩くようになる。
しかし母がいなければ、まだ食事の時を知ることがない。
父母は他の家の席に招かれて、餅や肉が出されてもそのごちそうを食べずに持ち帰り家で子に与える。
十回招かれれば、そのうち九回はそのご馳走を持ち帰り子に与え喜ばす。しかし誤って一回でも持ち帰らないなら、子はわざと泣き、父や母を責める。そのような子は親不孝であり、五つの逆心※がある。
※五つの重罪、父を殺すこと。母を殺すこと。聖を殺すこと。仏の体を傷つけて出血させること。教団の和合を破壊し分裂されること。
親孝行な子は決してそのようなことは思わないし、親に従うものである。
やがて子供は成長し若者になると、友達に親しむようになる。
髪をとかし,撫で、よい着物を身につけようとする。このため父母はぼろを身につけ新しい絹や綿の着物を子に与える。
子が外出すると、公的なことにも私的なことにも気を配り急病を心配する。
また行く先にも思いを馳せて、決してその子のことが頭から去らない。
やがて子は妻を求めると、妻を大切にし、父母を軽んじるようになる。自分たちの部屋で共に語り楽しむようになる。
父母は年齢を重ね、気力も萎えてくる。
いっぽう子は毎日夜になっても父母のところに機嫌を伺いに来ようともしない。
父が一人になったり、母が寡婦になると、ちょうど旅人が見知らぬ宿屋に泊まったように、親は独り寂しく部屋に取り残される。
そこには恩愛の情というものがない。濡れた寝具は冷たくそして、つらく、老い衰えて体には蚤や虱が多くなり、一晩中眠ることができない。
このため、長いため息をついて『一体どんな前世の罪でこんな不幸な子を産んだのであろうか』と言い、時には大声を出し、目をむいて怒る。
しかし嫁は父母に罵倒されてもただ頭を下げ、薄笑いを浮かべるだけである。この妻もまた不幸な子で、このような五逆の心を持つ夫婦は一緒になり五逆の行いをする。
ある時、急病だからと子を呼びにいっても十回のうち九回も言うことを聞かない。決して親に従順ではなくむしろ怒り『早く死んでしまえば良いのにまだ、ずうずうしく生きている』と罵倒する。
父母はこの言葉を聞いて悲しみ涙をこぼす。このために両目が腫れてしまう。『お前は小さい時、私がいなければ育つことはできなかった。お前のような親不孝者ははじめから生まないほうが良かった…』
お釈迦さまは阿難におっしゃいました。
「もし良き男や女が父母のために『父母恩重大乗摩訶般若波羅密経』の一字一句を身に保ち、読誦書写し、またそれが耳や目に一度触れるなら、五逆の重い罪も消え、そのかけらもなくなってしまうであろう。
また常に仏を見ることができ、真理の教えも聞くことができる。そしてすみやかに悟りを開くことができる」
阿難は席から立って右肩だけをあらわにしてひざまずき、合掌しながらお釈迦さまに進み寄って申し上げた。
「釈尊よ、このお経を何と名づけ、どのように泰持したらよいのでしょうか」
「このお経は『父母恩重経』という。もし生きるものが父母のために善いことをなし、経を写し、香を焚き、仏法僧の三宝に帰依し、あるいは多くの僧に食べ物や飲み物を捧げるなら、この人は父母の恩によく報いることができることを知るだろう」
帝釈天や梵天王、諸々の神や人々、生きとし生ける者はこの経を聞き、喜び、悟りを求める心を発した。
またこれらの喜びの声は大地を動かし、感涙の涙は雨の如く流れ、人々は五体を地に伏してお釈迦さまの足を頂き、礼拝し、教えに従ったということです。
