
今日はお葬式だった。
この2年ほどで、都内では、お葬式のお別れの際の、柩のふたをクギで打つ儀式が無くなった。
私は、葬儀屋さんになぜ無くなったのかを聞かないで、今に至っている。
クギ打ちの儀が行われていた時に、時々冗談半分でこんなことをいう人がいた。
「もし自分が死んだら、せっかく静かに寝ているのに、頭の上でガンガンやられるのはかなわない」
もともとは大八車かなんかで、デコボコ道をがたがたと墓地まで運んだから、途中でふたがとれては大変である。だからクギで蓋を打ちつけたのだろし、また、遺体が復活しないようにするための封印の意味もあっただろう。--そのためにクギを打つのは石だった。それも山から川に落ちて長い年月をへて角がとれた丸い石を使う。そういう石には霊力が宿っていると考えたからである。桃太郎も、実は桃ではなく石であったという話も聞いたことがある。
そして、その儀式が、遺族にとって「これにて本当のお別れ」という意味を持っていたに違いない。
葬儀を専門に行う葬儀屋さんが誕生してから、「故人の送り方」は、故人や遺族の思いが反映されるようになった。サービスだからである。クギ打ちの儀の取りやめもそんなところに起因しているのだと思う。
これからもどんどん変化していくだろう。
でも、お葬式でお坊さんのやることは、そうは変化しない。
