
さて、人が亡くなって毎週行われるお調べも6回目(42日目)。変成王(へんじょうおう)の担当で、「乱暴な言葉使い」についての吟味がなされます。
「うるせぇ」
「てめぇ」
「馬鹿野郎」
「ふざけんじゃねぇ」
(……なんだ、みんな東京弁ダナ……。でも、他のお国言葉の乱暴な言い方はしらないから、仕方がない。)
“弱い犬ほど良く吠える”のたとえの通り、虚勢を張る、相手を恫喝するという、まことにもって、愚の骨頂とはこのことであります。
この席に弁護にいでますのは、マイトレーヤという名の菩薩。慈悲がマイトリーですから、漢字で慈氏なんて訳されたりします、一般に弥勒菩薩という仏さまであります。
この方が生きていた時代はお釈迦さまと同じ。お釈迦さまが2月15日に亡くなられると、時同じくして、深い瞑想に入られた。
そして兜卒天(とそつてん)という所へ瞬間移動。いまは兜卒天で、天人たちに説法をしているという方。ここで五十六億七千万年説法してから、再びこの地球上に人の子として生まれ、悟りを開くと予言されている方です。
悟りを開いた弥勒菩薩は、三回の大説法会を開いて、その時に生きている者たちをすべて救うというのです。
この未来の仏の救済を願って、日本でも自らミイラになる人々がいたくらい。
かの弘法大師(空海)も弥勒菩薩信者で、六十二歳で深い禅の境地に入られて、火葬されることなく高野山の奥の院にいらっしゃるのは空海ファンならご存じでしょう。
その証(あかし)として、四国八十八カ所の霊場を回る方々が着る白衣の背中には、「南無大師遍照金剛(空海の宝号)」の上に、梵字の「ゆ」を書きます。「ゆ」は弥勒菩薩のことなのです。
その弥勒菩薩が、この時ばかりは、変成王さまの庁舎へやってきてくれて、弁護をしてくれます。
「王さま、少しは大目にみてやってくださいませんか。「飯(めし)を喰(くう)う」なんて言った、などは大した罪ではありますまい。」
「弥勒さま、お言葉ですが、食事を作った者の身になれば、そんな無礼な話はないでしょう。何時間もかけて買い物をして作った食事ですよ。だいたい『メシをくう』などという者は、そのありがたい食事を数分で食べてしまうのです。それも、じつに行儀が悪い食べ方で、まるで畜生です。まるで食事がエサのようです。作ってくれた人に、まことに失礼な話です。ですから、そんな亡者は、畜生に生まれ変わらせないと、自分の犯した罪がわからないのです」
「でも、この亡者もいい所はあるんですよ」
「ほう」
「信号待ちをしていた時のことでした。ボーッとしていたご婦人が、信号が赤なのに横断歩道を渡ろうとしたことがあります」
「なるほど」
「その時、この亡者は「おばさん、あぶねぇよ」と袖をつかんで止めたのです」
「ほら、ご覧なさい。じつに汚い言葉ではないですか」
「しかし、そんな時に、ネクタイを締め直してから『奥さま、今は信号がまだ赤でございますから、いま渡ると危のうございますよ』なんて言ってたら、車に轢かれてしまうではありませんか。だから、ああいう時には、あれでいいのです」
「なるほど、そういうこともありそうですな」
「それに、ただいまこの亡者の家族が、この者のために功徳を積んでおります。そこをお含みおきいただきまして、なにとぞ情状酌量を願います」
「そうですか。そういうことならば、少し考えましょう」
―――ということで、六七日(つまりなくなって六週目ということでもあります)を迎えた亡者は、次の七七日(しちしちにち)の太山王(たいさんおう)庁へと連れていかれます。
◇ ◇ ◇ ◇
若い写真家の友人が、カンボジアのスタディツアーの付き添いをするために、昨日から一泊。昨晩は、12時まで飲みでからしゃべり(?しゃべりながら飲みか?)、今朝成田空港まで送ってきました。
私も少なからず関わりのあるカンボジア。今年中には、スラムの子供たちや、孤児院の子供たちにも会いたいと思っています。
「和尚の歳だと、スタディーツアーは日程がきついから、普通においでよ」と温かい言葉をいたきました。
