六地蔵
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和尚ブログ ほうげん日記

十人の王の物語(その22)–変成(へんじょう)王–


 さて、閻魔大王の王宮で、浄玻璃(じょうはり)の鏡に映った生前の善いこと悪いことをもとに「ツマラヌきれいごとをどれだけ言ったか」について調べられた亡者は、続いて送られるのは、変成王(へんじょうおう)の庁舎です。

『十王経』では、最初の頃は、どの庁舎が、どんなところに建っているのか書いてあるのに、このあたりになると、かなり手抜きをしている感があります。何も記述がないのです。ぐはは。この教典の筆者というか、編集者も疲れていたのかもしれません。

 もうお気づきだと思いますが、この『十王経』は、戯曲、語り物として作られている経典、それも中国で道教の影響を受けて、語り物として編纂されたものを、日本人がさらに手を加えて構成し直されているお経です。

 お経は、こうした物語形式のものや、純粋に教えを説いたものなど、その種類はさまざまです。

 時々「○○経こそが、お釈迦さまの真実のお経だと書いてあるから、この○○経がもっともすぐれている」と熱弁を振るう方がいらっしゃいます。でも、歴史的な事実として、すべてのお経は、お釈迦さまが直接語ったものではありません。

 お釈迦さま滅後、それまで口伝えで伝わっていたものを数百年たって、弟子たちが「私はこう聞いている」と、文字としてまとめたものなのです。お釈迦さまが言ったことに最も近いとされるのは、タイやスリランカなどの南方に伝わっている仏教、というのが学者の定説です。

 その意味で、日本に伝わっている宗派がよりどころとしているすべての(全部です!)経典は、お釈迦さまが言ったことではありません。後代になって、作られたものなのです。

 しかし、そのどれもが、お釈迦さまのいわんとしていることの一部を扱っていますから、それはそれで素晴らしい教え(お経)といえます。

 ですから、「お釈迦さまがこう言っている」ということを、持論の正当性の根拠にすることは、お止めになられたほうがいいでしょう。
「○○経にはこう書いてあるんですけどね、これって私も本当だと思うんです」ならOKです。

 この『十王経』も、書かれていること全てを本気で受け止めると、とんでもない勘違いをすることになります。

 先の閻魔大王の王宮での浄玻璃の鏡は、―――忘れてしまっているようなことでも、あなたの潜在意識にはちゃんと記憶されていて、ふとしたことで思い出すこともあるし、忘れているようなことでも、結果的には今のあなたに何かしらの影響を与えているということでしょう。
善い因は楽な結果もたらしていて、悪い因は苦るしい結果をもたらしているではないか、そんなことは、心を静かにして考えてみればわかることなのだよ―――と言おうとしているのだと思うのです。

☆    ☆    ☆     ☆

 さて、変成王(へんじょうおう)の前で調べられるのは、「乱暴な言葉使い」について。
 この項には、詳しいことは、ほとんど書かれていません(はやり筆者が疲れていたのか、あるいはメインであるお地蔵さまについて語ってしまったから、あとはサーッとながそうと意図的にそうなっているのかは、不明です)。

ただ、こう書かれています。

 変成王は、前のお二人の王さま(五官王と閻魔大王)が、秤と鏡を使って調べたことを資料として、罪があれはそれを責め、善いことをしたのなら「もっとしなさいね」と勧める。

 すると、天の神々たちが、こんなこと声を揃えて言います(まるで芝居のアンサンブルの人かちが声を揃えてセリフを言うのとそっくりです)。

   六七日(亡くなって四二日目)は、まだ冥途の中。
   亡者は戦々恐々。
   自分の犯した愚かな罪科(つみとが)に畏れおののき、座らさせるのは、
   王の前。
   畏れおののき座るのは、王の前。
   思え思え、功徳のことを。
   積んだ功徳と、積まなかった功徳。
   浄土と地獄は表(おもて)裏(うら)、
   浄土と地獄は紙一重(かみひとえ)。

 さて、犯した積み苛(さいな)まれはじめる亡者に、救いの手をさしのべてくれるのは、弥勒菩薩という仏さま。脚を組んで頬杖をついて考え事をしているような仏さまを見たことがおありでしょう。あの仏さまです。

 次回は、この弥勒菩薩の登場とあいなります。

 ◇    ◇     ◇     ◇

 昨晩は『声明ライブ』。おかげさまで満員の13人のお客さま。遠いところを、そして熱い中、お疲れ野中、ありがとうございました。
 くわえて、昨日はプアンのお二人が演奏するデジュリドゥとシンギングベルに『対揚』というお経をかぶせて、普段より長くやく8分ほど唱えました。とても好評でした。
 プアンとのライブは、次は10月の声明ライブです(来月は『輪』と一緒)。
 今日は宗派の『光明』という雑誌の原稿を仕上げます。

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