
大相撲七月場所が始まりましたね。
さてこのたび、ご披露申し上げるは……、
昭和48年秋場所10日目の貴乃花、豊山(ゆたかやま)の大関相撲をさばいた行司さんが手にしていた、まことに粗末な軍配にまつわる物語……。
いかなることになりますか、やってみましょう。
時は昭和32、3年のこと。相撲の行司にあこがれて、修行の結果、見事に三役格に昇進した副立行司六代目、木村宗四郎(そうしろう)。
ご贔屓(ひいき)筋から送られた、白木の軍配。これに縁起のよい文字をあしらって、漆で仕上げて使うのが行司のならい。
しかし、念願かなった歓びも束の間、病魔におかされて病の床に。
病床でみるテレビの相撲中継……。枕元の白木のままの軍配。
病気は一進一退を繰り返し、時は巡って10年あまりがすぎ、後輩だった行司連が自分よりも格上へと出世していく姿に、口惜しいかぎりの日もあった、枕を濡らしたのは夜露のためばかりではなかっただろう。
そして、そのまま、ついに、行きて戻らぬ死出の旅。
残されたのは無念、残念の、文字こそなけれど、その思いがこもっているであろう遺恨の白木の軍配、ただ一つ。
この軍配を見るにつけ、悔しかったろう、切なかったろうとの思いがこみ上げる妻は、この涙の種の軍配を菩提寺に納めます。
受け取った和尚は、軍配をそっと押しいただき、その柄に「六代目宗四郎未完遺品」と記(しる)して、寺の文庫の奥にそっとしまいました……。
さて、それから、六年の歳月が流れた、ある日のこと……。
この続きは、また次回。
