
今日は来年3月に行なわれるご詠歌コンサートに向けての準備会議だった。今年行なわれた過去2回(奈良・会津若松)の反省を踏まえたものだった。
ご詠歌の組織はピラミッド型をしている。組織内部にいる者にとっては、ハレの舞台があれば、そこにピラミッドの頂点付近にいる方々の出番を作らないと申し訳ないように思うものだ。
しかし、今回のご詠歌コンサート全3回は、檀信徒の方々にご詠歌の魅力を知ってもらおうというのが目標であって、コンサートの名を借りた役職者ご披露会ではない。
いわんや、コンサートは手段であって、目標は「ご詠歌の魅力」を知ってもらうことである。今日会議に出席した面々はそのことを良く知っている人たちばかりだった。
ともすれば、手段が目標にすり代わってうまう場合が多い。各種バザーも、何かの目標のためにバザーをやるのだが、どうやってバザーやるかに殆ど全力投球してしまう場合があるものだ。
勉強も仕事もしかりだと思う。それは手段であって、目標ではないだろう。そこはしっかり抑えておきたいと思う。
ただし、究極のところへいくと、
「手段であることをやり続けることが素晴らしいことなのだ」
という甚々微妙な領域になることがある。
仏教で言えば「修行は悟りという目標への手段だが、修行することがそのまま悟りの世界なのだ」というような具合である。
午前中の会議、午後の法事、そして来客2件と、夜のご詠歌…今日も目まぐるしい一日だった。
