
「もしもし、名取君?」
「あ~、Sさん?」
「そう。元気?」
「ああ、おかげさまで元気だよ」
「あのね、中学の同期会の連絡が回ってきたんだけどさ…」
何十年ぶりで話す50歳の男女が「君」と「さん」でいきなり呼び会えるのは、小学校から9年間同じ学校へ行っていたからである。彼女とは小学校1~3年まで一緒だった。
くわえて、私と家内は小学校3年~中学1年までの7年間同級生だった。
Sさんの話から、彼女は家内と話があるのは明らかだったが、昔変わらぬ高い、明るいトーンで話す声に思わず言った。
「なんだか、元気というより幸せそうだな」
彼女もまた中学の同級生と結婚している。その旦那と私は中学1年が同級生だった。彼と彼女と一女の幸せな家庭生活が脳裏を過(よぎ)った。
Sさんは言った。
「うーん、まあ、こんなもんでしょうね」
私にはこんな洒落た答えはできないだろうと思った。ちょっと放心状態になった。
「じゃ、替わるから」と行って電話を家内に渡した。
--この話は2週間ほど前のことである。
Sさんが言った、「(結婚生活って、幸せって)まあこんなもんでしょうね」という言葉が、修行している菩薩の言葉のように思えてならない。
どこの家庭にもあるように、今までいろいろあっただろうし、今だっていろいろあるに違いない。それでも、否、それだからこそ「「幸せというのはこんなもんであって、これ以上は欲になって、苦を生む原因になるから背伸びしないでいい」
「うーん、まあこんなもんでしょうね」という簡単な言葉が、今の私にとって人生を考える大きな道標になった気がする。
