
石屋さんもやっている仏壇屋さんが「お墓はまだない方の49日の法要をお願いできますか」と相談してきた。
「いいですよ。でも直接お会いしたいですね」
……というわけで、68歳のご主人を亡くされた奥さまとお嬢さんがやって来た。
法事の段取りはアッという間に終わった。
問題は、お墓である。
家も近いから密蔵院でお墓を取ろうかなという雰囲気だった。
私は少々アワテタ。
聞けばご主人のご実家は茨城の中部地域。本家のお墓は村の墓地だそうだ。
「都市部の、お寺の境内に墓地がある寺の檀家になるのは、ご実家の風習とかなり違いますから、話を聞いてください」と、先方にすれば「何ごとぞ?」という切り出しをしたのは、若気の至りである。わははは。
地方の、村の(共同)墓地にお墓がある家では、多くはお彼岸やお盆でお寺にお参りはしない。
理由は①お寺が遠い
②亡き人とお寺の本尊さまとの関係が希薄
ということである。
ところが都市部のお寺では、檀家はそのお寺の本尊さまを信じていて、亡くなった後もそのそばに眠りたいという思いがあって、檀家になるのだ。檀家さんがそうは思っていなくても、それが建前だと思う。でなければ、霊園でいいわけだ。
奥さまに申し上げた。
「檀家になるというのは、仏教徒になるってことです。本尊さまに手を合わせるってことです。寺を守るということです」--こんな矢継ぎ早には言わなかったが、一つ一つ申し上げた。
……そんなこととは知らなかった……そんな顔をされた。
「石屋さんの営業に軽くのらないほうがいいですよ」と同席していた石屋さんをチラリと見て言った。
ご長男がいるとのことなので、よく相談したほうがいいですよと加えた。
私は密蔵院の歴史の中で一時期を預かる住職として、少なくともこのお寺を活性化した、生きている寺にしようと思っている。檀家さんはそのサポーターであって欲しい。そのくらいの気概がある人に檀家になってもらいたいと思う。
