六十数年前にお寺に嫁いだ叔母が亡くなって、今日が一周忌。
縁があって、隣の寺の住職になった私の役は、司会進行。
100人ほどの参列者の方々のために、法要の邪魔にならない程度で説明を入れた。
……お導師さまは、まず本堂を清めされるための修法をされています。本堂が清められたところで、仏さまの智慧を讃えるための讃が唱えられます……。
……お導師さまは、今日の法要の趣旨を本尊さまへお伝えされます……。
……仏さまの悟りの境地について説いたお経が読まれます……
などなど、法要の進行にそった説明である。
--こうした説明は、儀式の持つ荘厳な雰囲気を壊す恐れはあるのだが、参列者にとって、50分の法要中、つねに感受性を研ぎ澄ましていることは容易ではない。
分かりやすいばかりがいいというわけではないが、せめて眼前で進行していることが何なのかは分かっていただければ、「今日、法要に参加できて良かった」との思いを抱く人は増えるはずだ、と私は思うのだ。
