時に面白い発想が浮かんでくる。
過日の宗派のテレホン相談で、ご主人を亡くして以降外出する気になれないというご婦人からの相談があった。
相談を担当した仲間は「とにかく外出してみてください。そうすれお友だちもできるでしょうから、今の生活が変わるきっかけになります」と応じていた。
多分私もそう答えるだろうと思いながら聞いていた。
これを仏教的に説明するとするとどうなるのだろうと、今日考えた……
気分が沈んで、外出もせずに一人ぼっちで家にいる時の気分は、まるでドンヨリと濁った波もたたぬ沼のような状態だろうと察する。
外出して、人と接触したり、自然に触れるというのは、ある意味で刺激である。一人で引きこもっていた人にとっては、まるで巨大な棒で沼の水を攪拌するようなものかもしれない。外出することは故意に心に波をたてることに似ている。
しかし、その攪拌によって、沼の底の泥に埋もれていた「よしっ!」と言う元気や「へぇ、けっこう世の中楽しいもんだな」という生きる力が、浮上してくるかもしれない。
家で自分の世界に引きこもっている人たちに、私たちが「外へ出たらどうです?」とアドバイスするのは、そんな理由からかもしれないと、今日思った。攪拌する勇気をどう出すかは未だ未解決ではあるけれども。
