
「死んだ人は帰って来ないでしょ」と25歳位まで思っていた。だから個人的にも、お盆でお経を読む坊さんとしても、お盆をガッチリと迎えることはできなかった。
しかし、日本全国で昔に変わらぬお盆の行事が綿々と続いている。そこで、調べてみた。
日本人は、人が亡くなるとこうなふうになると考えてきたそうだ。
①亡くなるとその人の魂は庭の草葉の陰にやどる。
②一カ月程で軒の下へ移動。
③遺族の手厚いもてなし(供養)を受けて、土地の鎮守の森へ移動。
④さらに時間ともてなしを受けて、山へ帰って、親しい祖霊(カミ)となって、子孫を守る。
⑤このカミとなった親しい祖霊が年に二回なつかしい我が家へ帰ってくる。正月と中元(7月15日・お盆)がそれだ。
だから、お正月は、カミさまを迎える行事とはいえ、私たちの親しい先祖を迎えてお節料理をふるまうわけだ。お盆もしかりである。
私が、お盆に亡くなった人は帰ってくるのだろうなと思うようになったのは、自分が死んだ後のことを考えた時だ。
「なるほど、私の年に二回くらい、それぞれ二泊三日か三泊四日くらいは帰ってきて、縁ある人たちの所をご挨拶周りをしたいものだ」……そう思った。
そう思ったら、目には見えぬが亡くなった人も帰ってくるのだろうと、温かい心でお正月とお盆を迎えられるようになった。
私は家族に言ってある。
「私が死んだら、命日にはエクレアを供えてくれ。お盆で帰ってきた時には素麺もいいけど、やはりお酒を頼む」と。冗談で言っているのではない。本気である。あははは。
こういった考え方は、仏教本来のものではなく、インド、中国を経て日本に入ってから、徐々に日本の風土に会ったように変化してきたいわゆる『日本仏教』だともいえる。
まあ、お盆という習俗について、こういう考え方をしていれば私たちの心が潤う。間違っても心が腐るようなことはないだろうと思う。
密蔵院では6月になると、新盆のお宅に「お盆を迎えるにあたって」という手紙を発送することにしている。
森の石松は、お盆で帰ってきた時、何を所望するだろうか。
