個人の内面の問題を解決できるであろう仏教は、やはり面白いと思う。
生活が苦しい時、仏教は生活そのものを良くしたりはしない。その生活を苦しいと思う心を楽にするのだと思う。
経済的に苦しい生活を余儀なくしている人は、最貧国と言われるミャンマーやカンボジアの村へ行ってみると、自分がいかに経済的に恵まれているのかがよく分かる。つまり比べてみるのである。
しかし、比べることは余り意味が無いのも事実だ。日本でも経済的に苦しい人は実際に苦しくて仕方ないわけで「そんなもの、最貧国と比べたら目じゃありません」と励まされても殆ど意味はない。
仏教はことほどさように、イエスとノーを使い分ける。万人に共通な正しい答えなど無いのだから仕方ない。
人がより良き、悩みの無い生活をしていくために、それぞれに応じた処方箋があるようなものである。これを称して「八万四千の法門(はちまんしせんのほうもん)」と言う。
その法門の一つ一つを、今後このブログでご紹介できればいいなと思う。
