ここ2カ月間、気になっているのが表記の件である。
一体「悟り」とは、「得る」ものか、はたまた「開く」ものか……。
もとより、その動詞の使い方によって、「さとり」そのものが分かるものでもないので、学術的な迷路に入る積もりはないのだが、やはり「開く」ものなのだろうな思う。
単に閉じていたものを、開くだけのことなのだ。
もともと私たちは「仏」の性質を持っているというのが、日本に入ってきた仏教の基本的な考え方(本当だと思う)。
よって、自分とは別の所にある「さとり」なるものは、ゲットするのでなく、もともとある、そして閉じていた「さとり」を、単に「開く」だけなのだと思う。
まるで本のようなものである。
悟りという内容物の書かれてある本を開くと「本物」になるということなのだ。
胸襟を開く、こころを開くなど、「開く」という言葉は概(おおむ)ねプラス思考の関連していると思うのだが、如何?
