自然に生きているものには値段がありません。
養殖でないかぎり、魚の値段といわれても私にはピンときません。
「この天然物と書かれている野菜や魚の値段は、何の値段なのだ?餌代ではあるまい。早く成長させるための昼夜の感覚を調整するための電気代も必要無かったはずだ。だとしたら、この値段は流通コストや、人件費だろうな」と思う。
経費など関係なく、そして養殖であろうとなかろうと、命に値段は無い。
ところが現実社会では、値段がつけられる。
生命保険もその一つだ。年寄りは値段が安いのである。
仕方がないことだが”どうしたって命に値段はない”ということを心の土台に置いておきたいと思う。
なんでこんなことを思ったかというと、今日ネットで有名になったという「クワガタと少年」という話を初めて聴いたからである。命の値段よりも多くのことを考えるきっかけになるいい話だ。
明日拙僧は、巣鴨のお地蔵さま(「とげ抜きさん」ではなく、商店街の入り口にある江戸六地蔵のうちの一つ)、正式名称『真性寺』さんで、若手の法話の指導員(只聴いてるだけか)です。午前10時~午後3時、境内にある「阿弥陀堂」の周囲をウロウロしています。 おいでの節は、遠慮なくお声をおかけください。 合掌
