「安全弁」や「ブレイカー」が、スイッチと言えるかどうか分からないが、
今日書きたいのは、まあ、そういうことです。
『言った者(モン)勝ちだから、言ったほうがいいよ』
……そう言ったとたんに、”カチッ”とスイッチが入る。
(しまった。人生を”勝ち負け”で生きているかもしれない。闘いではないのに)
『そんなことをしたら、お前が損するだけじゃないか』
……カチッ。
(しまった。人に”損得”で生きろと言ってしまった。ひょっとしたら、自分も損得で生きてるかもしれない……)
『あの人はあんなに楽しそうなのに、私ばかりが何故こんなに悲しい目に…』
カチッ。
(ありゃりゃ、”比べて悲しめば自己を失う”ってれかが言ってたっけ。ただ、自分が悲しいのだと、どうして考えられないのだろう。どうして、比べたくなるのだろう)
『あいつに比べれば、まだまだましな方だ』
カチッ。
(どっひゃ~。”比べて喜ぶと人を傷つける”って教わったのに、まだ比べて喜んでらあ、俺ってまだまだだな。気をつけよう)
---こういうスイッチを設置することを「修行」と言います。
---そのスイッチを稼働させるメンテナンスのことも「修行」と言います。
---こういうことを、「心をみがく」と言います。
心安らかになるための安全弁。魂を汚してしまいそうになった時のブレイカー。
心の切り換えスイッチ……まあ、書きたかったのは、そういうことです。
