お坊さん仲間に滋道(じどう)さんという人がいる。
私が彼の名前を書く時につい「ジドウのジって…」と詰まると、
すかさず彼は照れたように言う。
「心が無いほうのジです」
慈ではく、滋という意味なのだが、“サンズイのほうのジです”と言えばいいものを、“心が無い”と言う。これはこれで、彼のこころ、大(だい)なるものが有るといつも思う。
もともと「茲(じ)」は草の芽と細い意図とを合わせて、小さいものが成長し増えることを示す会意文字。
これに心がついて「慈」だと、「小さい子を育てる親心」になる。仏教語では「楽を与える」という意味だ。
そして、水がついて「滋」になると「芽や子どもなど、小さいものがどんどん増える」「ますます、いよいよ」「水分や養分を与える」「活力ふやすうまい食べ物」になる。
密蔵院の境内は、どこもかしこも草が「滋!」である。久しぶりに爪の間に土が入った。なんとなく嬉しい日だ。
