[ある受刑者への返事 その3]
『般若心経』で説く「空(くう)」も、ものごとの真実の在り方を探して発見された宇宙を貫く大法則と言っていいでしょう。
お釈迦さまが発見した(悟った)ことの一つに縁起があります。
「どんなことでも多くの縁が集まった結果」という法則です。刑務所に入ったというのも、さまざまな縁が寄り集まった結果でしょう。
縁は刻一刻と新しい加わり、あるいは切れたりします。ですから、どんな事でも、物でも同じ状態(結果)を保ちつづけることはありません。この法則を「諸行無常」と言います。
仏教が「諸行無常」という、言われてみれば当たり前のことを説きつづけているには理由があります。
それは私たちが「これ(男、女、社会)はこういうものだ」「俺は俺だ」と、同じ状態がつづくと勘違いするからです。しかし、現実は変化していきます。
同じ状態がつづくと思い込んでいたのに、それが変化すれば「そんなバカなことがあるか!」「これはこういうものだろ。ふざけるな!」と心が乱れます。
あらためて申し上げますが、仏教は「いつでも、どんなことがあっても、心おだやかでいる人になりたい」と思っている人のための教えです。
「心乱れるのは仕方がない、乱す奴がいたり、乱すことがあったりするのだから仕方ないではないか」と開き直る人に、仏教は「本当にそれでいいのですか」と注意喚起するのが関の山で、他になす術がありません。