今日の密蔵院は、ご詠歌の先生の先生たちのブラッシュアップ講習会。来年、誕生1250年を迎える空海(弘法大師)関連の曲を全曲確認した。「誕生和讃」では、参加者8人の先生に「誕生とか生れるということで、何を伝えますか?」と聞いた。正解などあるわけがない。しかし、30年から70年近く生きている参加者(僧侶)が「誕生」や「生れる」ことについて何も考えていなのはアウトである。8人の先生から出たことをここでお伝えすることはしない。しかし、その中で「(生れたのは)ご縁ですね」と、つい言ってしまうのが僧侶かもしれないと思った。この言葉はとても危険である。「あなたの知らない運命的な縁が加わっているのです」と受け取られかねないからだ。こうなると、ニセ占い師や霊能者が不安を煽る時に使う常套句と変わりない。どんな縁で生れたのかを、現実の不安(不都合)のツジツマ合わせの説明ではなく、心おだやかになるために伝えるのが僧侶の役目だと思い、そのポイントについて、全員で確認した・・・私はツマラヌ内容のブログばかり書いているわけでない---そういう話である。ぐはは。
和尚ブログ ほうげん日記
2022年05月20日