真言宗豊山派 もっとい不動 密蔵院

ウェブ連載 「…なんだそうだ、般若心経」名取芳彦

はじめに 仏の教えを伝える人はみんな僧宝


仏教に仏法僧ぶっぽうそうという三つの宝があります。

仏さま(仏)、その教え(法)、そしてそれを伝える人々(僧)という意味です。
わたしもお坊さん(僧)ですから、仏の教えを伝えるべき一人ということになります――残念ながら私は宝とまではいきません。せめてみがく前の石、原石といったところでしょう。一生懸命生きていくと、そのうちに磨かれて宝石になれるかもしれません――。

しかし、お坊さんだけに、仏教を伝える資格があるわけではありません。

仏教を伝える人々を「僧」と考えればいいのだと思います。

そう考えると色々な人が「僧」になっているのがわかります。おばあちゃんが孫に「人の立場にたって考えてごらん」と仏教の同事どうじのお教えを伝えていたりします(ご本人は仏教の教えだとは思っていませんが)。あるいは、商店のおやじさんが「おれは損得で商売してないよ。いいものをお客さんに買ってもらって、それで喜んでもらえるのが好きなんだ」と布施と利行りぎょうの教えを伝える場面にも出合います。

いっぽう、私たちは自分で「これだ」と確信したことや、なるほどと感心した話などを他の人に伝えたくなります。「…なんだそうだ」という時です。

これからの内容も、私が今までに聞いたり読んだりして、檀家の皆さんに「…なんだそうです」とお話ししたことをまとめたものです。

般若心経の解説書は本屋さんにいけばたくさん並んでいます。有名なお経だからどんなことが書いてあるのだろうと本を開いてみると、お釈迦さまの生涯や仏教の基礎知識を最初に読まなければなりません。多くの方はとりあえず般若心経には何が書かれているのかを知りたいようです。

そこで、何とか回り道をせずに、般若心経の内容についてまとめてみようと思い立ちました。もちろん仏教の基礎知識を抜きにして、般若心経は語ることはできないでしょうが、その紹介も最小限にしてできないだろうかという思いもありました。

しかし、いざ書きはじめると次々に書きたいことがでてきて、内容が煩雑になってしまったところがあります。一つの考え方を説明するのに、いくつかの例を用いて書いた部分も少なくありません。しかし、これはなるべく多くの事がらを仏教で分析しようとしたためなので、そういう箇所は、読み物としてニッコリ笑って読み進めてみてください。

仏教は基本的に私たちの日常と深くかかわっている教えです。日常の中で仏教がかせないならば、それは意味がないでしょう。

こんなたとえが適切かどうかわかりませんが――、日常の一つひとつの事がらを仏教という教えで料理をしてみる――それができるようになると、「…なんだそうだ」というのが、「なんだ、そうだったのか」という意味で「なんだ、そうだ!般若心経」になっていくような気がしています。

  平成11年4月18日

密蔵院にて
芳  彦

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